|
|
評価:
宮崎 哲弥
洋泉社
---
(2000-10)
コメント:テレビのコメンテーターでお馴染みの宮崎哲弥氏の著書です。
|
|
|
評価:
八木 秀次
筑摩書房
---
(2001-06)
コメント:こちらもお薦めです。
|
5月18日に書いた日記
「行過ぎじゃないの?」に登場した利用者さん(脳性麻痺:全身性障碍)と話をしていて、「車椅子に座っていて良かったことは?」と質問されたことに対してその人がなんと答えたかを聞かせて貰いました。
車椅子に座って生活していて良いことは
「多くの人と出会えること」
「目立つから、すぐに覚えてもらえること」
と答えたのだそうです。
「なるほど。そういう良い面があるのですね。」
とわたしが答えましたら、嬉しそうに頷いていらっしゃいました。
なんでもかんでもと言う訳には行きませんが、普通に考えてマイナスに思える状況でも、その状況の自分にとっての良い面をより強く感じるようにするのは、良い事だと感じました。
自分のように五体満足なままで今日まで生きてきた者が、多少のことで「体が痛い」だのなんだのと言って凹んでいてはいけないなあ、と思いました。
体の不自由な障碍者が、わたし達と同じように活動しようとするならば、わたし達の何倍もエネルギーを消費していることと思います。
そうして頑張っている人が目の前にいるのだから、自分も頑張らなければ。
話は変わって…。
知り合いの、やはり脳性麻痺で全身性障碍で、元市会議員だった方の日記に下のような内容の体験記がありました。
とある企業へ「人権」講座の講師として招かれて行ったのだが、行ってみたら自分の身を置く場所が無い。
これはどうも、講座主催者側がこの講師は外出先で車椅子から降りることが殆ど無いと言うことを理解していなかった為、と思われます。
詳しい状況は書かれていなかったので、分りません。
それから、講座を開催している建物内に障碍者用のトイレが無かった。
その人は、障碍者用のトイレでないと、外出先では用便が足せません。
隣の建物の10階にあるので、そこを使って下さいと言う話だったけれど、昼休憩以外の休憩時間は10分間。
10分では時間が足りずに、休憩後の講座開始時間に遅れてしまった。
すると、主催者に文句を言われた。
「これが、今の現状だ。「人権」を高らかに訴えても障害者の分野は、まだまだ認められていない。いつになったら障害者を認めるのかな?」
と、その日記は締められていました。
その怒りは、「人権」の講座でありながら、「健常者」しか対象として捉えていない主催者側の態度に向けられているのですが、その主催者の無神経さに腹を立てる気持ちは理解できます。
講師として招いた人間がどういう人間かをちゃんと事前に調べておいて、その人の状況に配慮すると言う事を怠ってます。
講師のプロフィールくらい、事前に入手している筈ですから
「この人は、脳性麻痺で車椅子に乗っているのだな。」
と考えれば、何をどうすれば良いかは見えてくると思います。
どうすれば良いか分からなければ、当人に問い合せて事情を聞けば済むことです。
そうしておけば、お互いに嫌な思いもしないで済んだのでしょうに。
着くべき席が用意されていなかったとか、講座開始時間に遅れてしまうようなトイレの状況だったことが人権侵害にあたるとは思いません。
この知り合いは、「人権についての講座をやっておけばよいのでしょう」と言うお座なりさを、主催者の態度に感じたので怒っているのではないかと思います。
わたしは、日本という国はとても「人権」の思想が行き届いて定着していると感じています。
「まだまだです。」
と言う人は多いですが、社会保障の面からみても、街を歩く障碍者に対する人々の態度に接しても、良く出来ていると思います。
わたしの相方は視覚障碍者ですが、彼が白状を持ち、わたしの腕を持ちながら二人で歩いていますと、周囲の人が大概道を譲ってくれます。
中には、盲人の横を自転車の速度を緩めもせずに行こうとして、白状を折ってしまうような人もいますが、大方の人々は「あ、障碍者が来る」と感知したら、皆自分なりの配慮を示そうとしているように感じます。
これは、仕事で車椅子を押して歩いている時も同様です。
社会保障の面でも、生活保護の独居世帯などを見てきますと、実に恵まれていると感じます。
これから先は、すこし悪くなっていくかもしれません。
政府が財政破綻の危機に直面していますからね。
それでも、現状は助けを求める人に対しては、なんだかんだ言ってもちゃんとまともな生活が出来るようになっています。
…でも、人間って与えられた物に満足すると言うのが難しいのですね。
たとえば、わたしの知っている人で、酒の飲み過ぎで体を壊して、脳梗塞で半身麻痺で独居の高齢者などと言う条件の人は週に3回デイサービスに通い、週に2回ホームヘルパーが入り、夕食は全て配食サービスを受け、一人では外出できないので月々入る生活保護費も使いきらない状況で、医療費はもちろん全て無料、介護保険料も無料。
でも、不満紛々であったりします。
日がな一日何もすることもなく、一人で家にこもっているから、寂しいのでしょうが、文句ばっかり口から出てきます。
病気になってつらいのも、家族を失って寂しいのも分かるけれど、それは他人のせいではないのだから、他人の世話になって生きていることに感謝すれば良いのになあ、と思うことがあります。
でも、当人にしてみたら、生きたくて生きている訳では無いのかもしれませんね。
難しいです。

















